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2011年10月 9日 (日)

国立駅構内線路切換工事に伴い運転区間変更された「むさしの号」を観察する(H23.10.9)

平成23年10月8日の終電後から10日の初電前の間、中央線国立駅で構内線路切換工事を実施。それに伴い、10月9日に八王子駅を発着する「むさしの号」に運転区間の変更が発生しました。私は当日午前中の「むさしの号」を実際に乗車し、観察しました。

当日運転される「むさしの号」は3往復。その全てについて大宮行きは八王子~新秋津間が運休し、新秋津~大宮間のみでの運転。大宮始発の「むさしの号」は大宮~東所沢間のみの運転となり、東所沢~八王子間が運休となりました。

国立駅構内線路切換工事が「むさしの号」の運転区間変更の理由であるのなら、なぜ始発駅を新秋津、終点を東所沢にしたのか?それが疑問でした。なぜなら、工事区間は国立駅と新小平駅の間。なので新小平駅を発着駅としてもよいのではないか? また大宮駅行きの「むさしの号」は新秋津駅始発なのに、なぜ大宮発の「むさしの号」は東所沢駅が終点なのか? 新秋津駅を終点にできない理由はなぜか?

ここに私が考えた仮説がひとつ。新秋津駅から新小平方面へ数百メートルの場所に側線があります。ここが「むさしの号」に使用される車両の待機場所として活用するのではないか? そう考えれば大宮行きの「むさしの号」が始発駅を新秋津とすることも理解できます。また、新秋津の側線には大宮方面から来た列車の場合、上り線と下り線の間にある「中線」を通らないと入ることができない線路の配置であれば、大宮発の「むさしの号」の終点が新秋津のひとつ手前の東所沢駅となることもうなずけます。今回はこの仮説が正しいのか確認するためにも、実際に「むさしの号」に乗車してみることにしました。

新秋津駅に到着したのは7:30頃。新秋津駅近くの側線に「むさしの号」に使用されるであろう車両の姿は見えません。大宮駅行きの「むさしの号」は新秋津駅を7:49なのですが、待てども暮らせど新秋津に現れません。結局、大宮行きの「むさしの号」は出発の1分前に府中本町方面の本線からゆっくりとやってきました。

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やってきたのは205系M62編成。この車両、いったいどこで待機していたのでしょうか?

とりあえず列車に乗り込み大宮駅へ。

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「むさしの号」は大宮駅の11番ホームに8:12頃に到着。回送列車として東大宮の車両基地に向かって走り去って行きました。

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折り返し大宮発の「むさしの号」の出発時刻は8:53。大宮駅の行き先案内板には、きちんと「東所沢」行きと表示されていました。

次に私の興味は、車両の行き先表示がどうなるか? 通常、東所沢行きの「むさしの号」はないため、どのような方向幕が表示されるのでしょう?

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大宮駅の3番ホームにやってきた「むさしの号」。

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気になる方向幕はご覧のとおり。「むさしの号 東所沢」行きの表示が用意されているんですね。なんらかの輸送障害時に「むさしの号」を東所沢止まりにできるように対応しているのでしょうか?

東所沢行きの「むさしの号」は、大宮駅を8:53に出発。

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「むさしの号」が東所沢駅に到着。普段は停車しない2番線に入線しました。東所沢駅に到着した「むさしの号」は乗客を降ろした後もそのまま東所沢駅に停車。後続の府中本町行きの列車を先に通しました。私は府中本町行きの列車に乗って、ひとつ先の新秋津駅へ。

新秋津に到着。私の仮説が正しければ、回送列車となった「むさしの号」は新秋津駅の中線を通るはずなのですが…

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あれあれあれ~? 回送列車は本線をそのまま走って行ってしまいました。…ということは新秋津の側線は使用しないということ。私の仮説、大ハズレ~…。

では、回送列車はどこに行ってしまったのか? さらにひとつ先の西国分寺駅にも中線はありますし、もしくはそのまま府中本町まで回送され、武蔵野線の定期列車に充当されるのか? それとも?

ひとまず、後続の武蔵野線に乗り、西国分寺駅まで向かうことにしました。

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西国分寺駅に到着。ここに「むさしの号」に使用された車両がいました。現在の時刻は9:45。次の「むさしの号」の新秋津駅の発車時刻は10:20。それまでしばしこの場所で待機ということでしょうか。

以上で「むさしの号」の観察は終了。このあと、私は「むさしの号」が運転区間変更となった原因である国立駅構内線路切換工事の様子を見るため、国立駅へ移動。

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ご覧の写真は、国立駅ホームから西国分寺方面を撮影したもの。おそらく黄色の矢印で示した線路への切換が行わることにより、一時的に上り線から分岐する武蔵野線国立支線が使用できなくなるため、「むさしの号」が一部区間を運休することになったのでしょう。

さて、ここで「むさしの号」の運転区間について再度考えてみました。「むさしの号」が待機していたのは西国分寺駅。それならば、大宮~新小平間で運転できるはずなのに、なぜ新秋津~大宮、または大宮~東所沢のみとしたのか?

まず、大宮発の「むさしの号」について考えてみました。東所沢駅が他の駅と異なるのは待避線がある駅であったこと。実際に乗ってみてわかったのですが、東所沢駅に到着した「むさしの号」は乗客を下車させて車内点検。後続の武蔵野線を1本先に通したあとに東所沢駅を出発していきました。もし待避線のない他の駅だったとすると、乗客の下車・車内点検をしているうちに後続の列車が到着してしまい、遅れの原因にもなりかねません。それを避けるためにも待避線のある東所沢駅を終点としたのかもしれません。

もうひとつ、大宮到着の「むさしの号」はどうでしょう。新秋津駅が始発となったのですが、その理由はなにか? 新小平発にしても利用客は少ないと判断したためなのか? 新秋津駅は西武線との乗り換え駅であり、利用客が多いためなのか? なぜ大宮に到着する「むさしの号」の終着駅と、大宮を出発する「むさしの号」の始発駅が異なるのか?

まだまだ自分を納得させる回答が見つからないのも多数あります。

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